アーロン・ドレイパー( Aaron Draper )は北フィラデルフィアで生まれ、幼い頃から地元の教会のバンドと一緒に音楽を始め、ジャズのチョップのスキルを磨いた。今では音楽界で最も有名なアーティストのパーカッションを担当するようになり、『Doug. E. Fresh』、『Big Daddy Kane』、『Common』、『LL Cool J』、『Jill Scott』、『Dr. Dre』など、音楽界で最も有名なアーティストのパーカッションを担当しています。

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メジャー活動する前は、どこでスキルを磨いていたのか?

「教会は、バンドメンバーと一体となって演奏することを学んだ場所だよ。そこから始まったから、僕はいつもあの場所に愛と敬意を捧げている。フィラデルフィアのフォード・メモリアル・テンプル(Ford Memorial Temple)に行ってたんだけど、そこは故アンドリュー・J・フォード2世の教会で、オマー・エドワーズ(Omar Edwards)、ジャマー・ジョーンズ(Jamar Jones)、ドウェイン・ムーア(Dwayne Moore)、ジョン・ローソン(John Lawson)と一緒にプレイしていたんだ。オマー・エドワーズは偉大な音楽監督(music director)の一人で、彼はキャリアの初期から協力してくれた」

2001年に”MTV Unplugged”でJay-Zとパーカッションを演奏する事になったきっかけは?

「Jay-Zと『MTV Unplugged』のパフォーマンスをする前、僕は『The Roots』と色々なことをやっていたんだ。フィラデルフィアの『The Black Lily』フェスティバルの一員だったんだ。『The Roots』のパフォーマンスの時には、Questloveのドラム・ソロの時にステージに上がったりもしたよ。それが彼ら全員との出会いだったんだ。それがきっかけで、彼らから信頼を得て「Unplugged」でパフォーマンスをすることになった。その時、僕は18歳で、高校を出たばかりだった。大学にも行かずにMTVに出演していたんだ。」

ショーでのJAY-Zとのやりとりはどうでしたか?

「ジェイはとてもクールだったよ。彼と一緒に写真を撮らせてもらったんだけど、それはカメラ付き携帯電話がある前の話。小さなカメラを持っていたんだ。(笑)まだ自分も若かったから、スターのオーラに打ちのめされたよ。メアリー・J・ブライジもいたね。ラップ・グループ『State Property』もいた。実はState Propertyのメンバーの2人と一緒に学校に通っていたんだ。クリスとニーフだ。みんなでサイモン・グラッツに通っていた。」

20年以上のキャリアで土壇場でのミスを調整しなければならなかったショーはありますか?

「2011年にエミネム( Eminem )とグラミー賞に参加したとき、俺と、Adam Blackstone、Joe Westの3人で『 Love The Way You Lie 』を演奏した。パフォーマンスの途中で、サウンドルームの誰かが妨害工作をして、5秒間音が消えてしまったんだ。グラミー賞のライブで5秒はとてつもないことだ。当時のパフォーマンスを見ると、アダムが 『聞こえない』と言っているのが分かると思う。教会で演奏した経験のお陰で、インイヤーモニターが使えなくても、耳を使って俺たちはビートに乗っていた。」

2011年グラミー賞でのパフォーマンス。

「もう一つは、エミネムとサンパウロ(ブラジル)でのことだけど(2016年)、モンスーンの雨が降ることになったんだ。俺たちは、ただショーをこなした。周りはプラスチックだらけで、楽器は台無しになっていたし、雨に打たれていた。エミネムは続けていたから、俺達も続いたんだ。」

2016年ブラジル・サンパウロでのパフォーマンス

エミネムは楽曲のサウンドに非常にこだわっています。それは彼のLiveにどのように反映されているのでしょうか?

「2009年から彼と一緒にプレイしているから、彼が何を求めているかは分かっているよ。彼のディテールへのこだわりは素晴らしい。自分が知っている中で、リハーサルでもレコードの音と同じように聴こえるのは彼だけだよ。ラッパーの中には、自分の歌詞を紙で読んだりしなければならない人もいるけど、彼が紙を持っているのを見たことがない。」
「俺達がアレンジしたモノを彼に提案したら、10回中9回は気に入ってくれるんだ。何か“(音を)止めてみたり”、“(音を)動かしたり”するかもね。俺がエミネムのショーにいない時は、エミネムのマネージャーのポール・ローゼンバーグ(Paul Rosenberg)が「君がここにいてくれたらいいのに。君がいなくて寂しいよ」と言ってくれる。」

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2012年コーチェラでの2Pacのホログラムを使ったパフォーマンスはどのようなものでしたか?

「この経験は本当に驚いた。オマー・エドワーズの言葉を借りれば”That was epic.(壮大だった)”」
「降りてきたスクリーンには2パックのホログラムが映し出されていた。俺たちは事前に録画する時に映っていたので、ステージでの演奏と一致させていた。だから、映像を見てみると、俺たちが後ろの方で演奏しいるのが確認できると思う。ライブでも演奏していたけど、ステージ上のビデオは事前に録画されたもので、ライブでの演奏と一致していたんだ。」

2012年2Pacがホログラムで舞い降りたパフォーマンス。

あなたが直近10年の間で参加した最大のツアーの一つは、2014年に行われたエミネムとリアーナの「The Monster Tour」ですね

「あれは素晴らしいツアーだったよ。トイレ休憩なしで2時間以上連続してプレイした唯一のツアーだった。両方のアーティストのためにプレイしたんだ。2人のドラマーがいて、1人はリアーナのために交代し、もう1人はエミネムのために交代した。ギタリストとキーボード奏者のスイッチオフもあった。ステージを降りなかったのは僕だけだった。(笑)それと、アダムもね。そのツアーが終わった後、リアーナのために出演しないかと声をかけられたんだ。」

エミネム、リアーナと共演した時のお気に入りの曲を教えてください

「2曲あるんだけど、1曲は『Rude Boy』で、アダムと俺が小さなパーカッション・パートを加えたんだ。もう1曲は『Where Have You Been』で、この曲はエネルギーが高かった」
(どっちもリアーナの曲やないか‼笑)

エミネムとリアーナのリハーサルはどうでしたか?

「俺たちは冗談を言い合っていました。みんな冗談が好きなんだ。いつも楽しい時間だったよ。」

エミネムやリアーナとのユーモラスな思い出はありますか?

「エミネムについては、いつも笑える瞬間がある。曲の終わりになって、みんなで下を向いていると、この男は”生のお尻”を観客に見せつけて『なんだよ?』って感じになるのが笑える。彼はワイルドだよ」

「リー(リアーナの愛称)はいつもクールだった。彼女は(違うところで会っても)知らないふりをするようなアーティストではない。俺がどこにいようと関係なく、彼女はたくさんの愛を与えてくれた。
2016年にアデル(Adele)とグラミー賞で演奏したんだけど、リアーナと彼女のチームがホールを歩いている時に、アデルとすれ違って二人が挨拶をしていたんだ。リアーナは俺に気づいて「あれは私の兄弟?元気にしてる兄弟?」って話しかけてくれた。この時のリアーナの表情が好きで忘れられません。アデルも驚いてた。」

ファンとの交流の中で、最も印象に残っている事は何ですか?

「2009年、初めて気絶する人を見た。ニューオーリンズでエミネムと一緒にブードゥー・フェスティバル(VooDoo Festival) をやっていたんだ。警備員が誰かをゲートの上に乗せて会場の外に出るのを見たんだ。「あぁ、マイケル・ジャクソンの昔のコンサートのように誰かが気絶したのか」と思ったよ。びっくりした(笑)」

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