D12のメンバーであり、現在は主にプロデューサーとして活動しているMr.ポーター。プルーフが亡くなってからはエミネムのライブ・アシスタントも務めています。アメリカのヒップホップ・メディアサイト「Hot New Hiphop」のインタビューに応じ、エミネムの最初のスタジオアルバム「Infinite」の制作秘話について語っています。

エミネムのメジャー・デビュー前のアルバム「Infinite」の制作について

「その当時はビート作りを始めて3~4ヶ月の時期だった。プロデューサーとしては初心者で、まだ上手いと思える程ではなかった。一緒に活動していたクルーと真剣にやっていたから、ありったけの金を使ってスタジオに行った。エムと出会った時の印象は、“似たような熱さを持ったヤツ”だった。彼はビートに興奮していた。「 Infinite 」(メジャー・デビュー前の最初のスタジオアルバム)で最初に作成した曲は 「 Backstabber 」だ。この曲が彼に渡した最初のビートで、このプロジェクトの最初の曲だった」

「それから彼は何が流行っているのか踏み込んでいった。当時は、Nas、AZ、LL Cool Jだったんだ。俺たちはラジオでプレイしてもらおうとしていた。子供の頃からラジオで注目されたかったから。作曲に取り掛かっている間、俺は自分の持てる全てを注ぎ込んだ。みんなに何かを感じてもらいたかった。どの曲も俺達にとっては意味があって、曲作りは本当に重要だったんだ。俺たちはアルバム作りから取り掛かった。それが俺とエムの関係の始まりさ。彼が音楽活動する時はいつでも「関係性」が重要なんだ。俺はプロデュース業を始めたが、最初の仕事はビート作りではなかった。
スタジオに着いた時、エムが「これはいいと思うけどドラムを変えたい」と言っていた。(D12の)プルーフは「SP-1200」(サンプリング・ドラムマシン)を持っていたけど、俺はそんなものは持っていなかった。このアルバムを作ったのは「Akai SO1」(ローコストのサンプリング機器)でシーケンサーも持っていなかったから全部手作業でやったんだよ(笑)」

「プルーフもやってきて、2曲~3曲ドラムを直してくれたんだ。ドラムが上手く活きてないと思ったからさ。次に取り組んだのが「 The Slim Shady EP 」だったんだけど、この作品では全体的にうまく進んだ。「 Infinite 」から学んだ事をそのまま「 The Slim Shady EP 」に活かして、「 The Slim Shady LP」に移って行ったんだ。プロデューサーとして参加したんだけど、とても早く学んだよ。エムが(デトロイトの)家に帰ってきて曲を流してくれた時、ドレーと一緒に作った曲を聞くことができたから勉強になった。だから、自分の目標をステップアップさせるために何をすべきかは既に分かっていた。超高速で進んで行ったんだよ」

「『 Infinite 』はソウルフルなサウンドにしたかったんだ。彼の曲を世間に聴かせたかったんだ。彼のラップは最高だった。最初に指示したのは『エム、スピードを落として』だった。彼のラップは速くて、もっとゆっくり言ってくれないかと思った。それが始まりだ」

エミネムのビート作りに影響を与えたものについて

「エミネムがビート作りを始めた時、幾つかのメロディを持っていたんだ。彼のメロディの原型は1980年代のポップスで「デュラン・デュラン」とかね。エムの曲を聴いているとビートの作り方にも影響を受けていると思うよ。彼のサウンドと俺のサウンドが一緒になって“エミネム・D12”のサウンドが出来上がったんだ」

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