「The Death of Slim Shady(Coup de Grâce)」は、エミネムによる12枚目のスタジオアルバムである。2024年7月12日にShady Records、Aftermath Entertainment、Interscope Recordsからリリースされた。エミネム自身と別人格スリム・シェイディとの戦いをテーマにしている。
ゲストアーティストには、White Gold, Sly Pyper, JID, Dem Jointz, Ez Mil, Skylar Grey, Big Sean, BabyTron, and Jelly Rollが参加しており、拡張版「Mourner’s Edition」にはさらに2 Chainz, Westside Boogie, Grip,Fifteenafter が参加している。
アルバムのプロデュースは主にエミネムが担当し、Dem Jointz, Fredwreck, Cubeatz、Cole Bennett、そしてDr. Dre, Mr. Porter, Luis Resto といったお馴染みのプロデューサーたちが参加。「Houdini」、「Tobey」、「Somebody Save Me」の3つのシングル曲でプロモーションされ、アルバムリリースから約3か月後の10月初旬に「Temporary」のミュージックビデオも公開された。

批評家の評価は賛否両論で、Yahoo!ニュースによると、エミネムのアルバムの中で最も低いMetacriticスコアとなってしまった。批評家たちはエミネムのラップ技術を称賛した一方で、歌詞には厳しい評価を下している。それでも、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、チェコ、フィンランド、ハンガリー、アイルランド、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、スロバキア、スウェーデン、スイス、イギリス、アメリカでアルバムチャート1位を獲得した。
リリースまでの背景
2024年3月19日、ABCテレビのトーク・ライブ番組『ジミー・キンメル・ライブ!』にドクター・ドレーが出演。エミネムがスタジオアルバムに取り組んでおり、2024年内にリリースされることを明らかにした。
2024年4月26日、エミネムの地元デトロイトで開催された2024年のNFLドラフトにエミネムが登場。ドラフトのイベント中に1990年代に人気を博したリアリティ・ドキュメンタリー『アンソルブド・ミステリーズ』をオマージュした告知動画が公開。

「誰がスリム・シェイディを殺したのか?」というフレーズが提示された。トレンチコートを着たレポーターがスリム・シェイディがこれまでに作ってきた敵について説明し、50 Centが犯人像についてコメントしている。また、この告知動画には「My Name Is」、「The Real Slim Shady」、「Without Me」のクリップが含まれていた。動画の最後には、アルバムタイトルとリリース予定日が発表された。
2024年5月13日、アルバムのプロモーションとしてスリム・シェイディの死亡記事がデトロイト・フリープレスに掲載された。同日の Detroit News 紙にも出稿された。

ファンは「決して忘れない」――物議を醸したラッパー
デトロイト出身の彼は、1990年代半ばから後半にかけて隆盛したアンダーグラウンド・ラップ・シーンで“はみ出し者”としてキャリアを開始。
1999年、狂気じみた茶目っ気あふれるシングル「My Name Is」の発表と、ひときわ目を引くミュージックビデオによって一躍その名を世に知らしめる。
2024年5月21日、エミネムは自身のソーシャルメディアに「All Contacts」に宛てたiMessageチャットの動画を含む謎めいた投稿を行い、「…そして俺のラスト・トリック!」というメッセージが表示されていた。ソーシャルメディアのプロフィール画像をシルクハットのウサギの絵文字に変更。
2024年7月9日にはソーシャルメディアでアルバムカバーを公開。その3日後にアルバムをリリースした。エミネムはTwitterで「パブリックサービスアナウンス(公共広告)」として、アルバムは「コンセプチュアル(概念的)」であり、曲を順番通りに聴くようファンにアドバイスした。
アルバムコンセプト
『The Death of Slim Shady (Coup de Grâce)』は、エミネムが自身のキャリアと内面を深く見つめ直し、別人格「スリム・シェイディ」との決別を描いたコンセプトアルバムである。

エミネムはこのアルバムにおいて、「エミネム」と「スリム・シェイディ」という2つの異なる人格を登場させている。アルバムの冒頭でスリム・シェイディはエミネム(マーシャル)を誘拐し、薬を飲ませアルコールを飲ませる。それは、エミネムにできる限り挑発的で不快な発言をさせるためであり、その目的は「エミネムをキャンセル(社会的に抹殺)させること」であった。

エミネムは2008年4月から断酒・断薬を始め、2025年4月で17年目を迎える。2007年末にメタドンの過剰摂取で生死の境をさまよい、これをきっかけにリハビリを経て断薬を決意。
三幕構成:火種→対立→救済
アルバムの序盤、エミネムはスリム・シェイディが起こす行動に対し抵抗するが、次第に「世間を怒らせることで得られる注目」という依存に抗えず、かつての自分(シェイディ)に戻ってしまう。良心が正しい道へと戻そうとする場面もあるが、エミネム自身がスリム・シェイディ以上に邪悪になっている場面もある。

第一幕:火種(Track 1‑5)
「Renaissance」(「復活・再生」)という曲名で始まるこのアルバムは、スリム・シェイディが長い沈黙から目を覚まし「俺はまだ終わっていない」と宣言する。3曲目の「Trouble」ではシェイディがエミネムに薬を強引に飲ませる。5曲目の「Evil」では一線を超えシェイディが覚醒してしまう。
[Chorus]
Evil (Yeah), I’m so evil
邪悪、俺はかなり邪悪
Rotten to the core, a fuckin’ twisted cerebral
芯から腐りきった、脳みそごと捻くれてる
I’m so evil, so evil
俺はかなり邪悪、かなり邪悪
It’s obvious that I am not like other people
明らかに他のヤツらとは違う“Evil”,Producers Don Cannon, CuBeatz & Eminem,Writers Eminem, Don Cannon, Kevin Gomringer, Tim Gomringer & Luis Resto,Released on July 12, 2024
第二幕:対立(Track 6‑14)
シェイディによる支配のピークは「Brand New Dance」、「Evil」、「Lucifer」、「Antichrist」で描かれ、「Fuel」で少しずつ効果が切れ始めるが、この時点でスリム・シェイディの支配下に落ちており、「Road Rage」ではどんな些細なきっかけでも誰かにキレて“ハイな状態”を取り戻そうとしている。
「Guilty Conscience 2」に至る時点では、すでに取り返しのつかない状態に陥っていた。正気を取り戻したエミネムは、スリム・シェイディの支配から解放されたいと願うが、シェイディは認めない。2人は激しい口論を交わした末、肉体的な争いとなりエミネムが勝利する。シェイディから銃を奪い、謝罪を要求し、「これは殺人と心中だ」と言い放ち引き金を引く。
第三幕:救済(Track 15‑19)
喪失感と罪悪感を経て家族愛(Temporary)と自己受容(Bad One)へ至り、シェイディを弔って(Somebody Save Me)“救い”を願い、幕を閉じる。
「Temporary」は唯一の実娘ヘイリーへのラブソングである。“痛みも名声も一時的(Temporary)”と諭す父親としてのメッセージソングとなっている。
逆順で聴くとスリム・シェイディの勝利⁉
『The Death of Slim Shady (Coup de Grâce)』は、曲順を逆にして再生するとまったく別の物語を語り出し、死ぬのはスリム・シェイディではなくエミネム(マーシャル)本人という正反対のストーリーが見えてくる。


19曲目「Somebody Save Me」(救いを求めるスリム・シェイディ/エミネム(マーシャル)の死の予兆)→18曲目「Guess Who’s Back」(シェイディの帰還)→17曲目「Tobey」(MVラストシーンにてエミネムを鞭で叩くシェイディ)→15曲目「Temporary」(死を悟ったエミネムによるヘイリーに宛てた遺書)→11曲目「Houdini」(マジシャンであるフーディーニを思わせる乗っ取り芸)→5曲目「Evil」(シェイディが完全に支配)→3曲目「Trouble」(シェイディがエミネムに薬を飲ませる)→1曲目「Renaissance」(シェイディがエミネム(マーシャル)を葬り、墓に唾を吐く)
トラックリスト
The Death of Slim Shady (Coup de Grâce)
No. | タイトル | ライター | プロデューサー | 時間 |
---|---|---|---|---|
1. | “Renaissance” | Marshall Mathers III,Luis Resto | Eminem,Resto | 1:38 |
2. | “Habits” (with White Gold) | Mathers,Bobby Yewah,Resto,L. Kråkm | White Gold,Eminem,Narza | 4:58 |
3. | “Trouble” | Mathers,Dwayne Abernathy, Jr.Farid Nassar | Dem Jointz,Fredwreck | 0:41 |
4. | “Brand New Dance” | Mathers,Resto | Eminem,Resto | 3:26 |
5. | “Evil” | Mathers,Donald Cannon,Tim Gomringer,Kevin Gomringer,Resto | Don Cannon,Cubeatz,Eminem | 3:50 |
6. | “All You Got” (skit) | Mathers,Resto | Eminem | 0:24 |
7. | “Lucifer” (with Sly Pyper) | Mathers,Sly Jordan,Thomas Cheval,Andre Young,Andres Holten,Hans van Hemert,Resto | Callus,Dr. Dre,Eminem | 4:21 |
8. | “Antichrist” | Mathers,Resto,Shane Webb,Rufus Johnson | Eminem,Resto,Foulmouth | 5:14 |
9. | “Fuel” (with JID) | Mathers,Destin Route,Denaun Porter,Resto,Thomas Forbes,Harrison Le Mon Bey | Mr.Porter,Eminem | 3:33 |
10. | “Road Rage” (with Dem Jointz and Sly Pyper) | Mathers,Abernathy, Jr.S. Jordan,Young,RestoTerius Gray,Byron Thomas | Dem Jointz,Dr. Dre,Eminem | 3:37 |
11. | “Houdini” | Mathers,Resto,Steve Miller,Jeff Bass,Kevin Bell,Anne Dudley,Trevor Horn,Malcolm McLaren | Eminem,Resto | 3:47 |
12. | “Breaking News” (skit) | Mathers,Resto | Eminem | 0:37 |
13. | “Guilty Conscience 2” | Mathers,Abernathy, Jr.,Nassar,Resto | Eminem,Dem Jointz,Fredwreck | 5:25 |
14. | “Head Honcho” (with Ez Mil) | Mathers,Jameil Aossey,Ezekiel Miller,Resto | Eminem,Ez Mil,Jameil Aossey,Resto | 3:54 |
15. | “Temporary” (with Skylar Grey) | Mathers,Holly Hafermann,Resto | Skylar Grey,Eminem | 4:57 |
16. | “Bad One” (with White Gold) | Mathers,Yewah,Resto | Eminem,Resto | 4:30 |
17. | “Tobey” (with BabyTron and Big Sean) | Mathers,James Johnson IV,Sean Anderson,Cole Bennett,Carlton McDowell,Daniyel Weissmann,John Nocito,Marvin Jordan,Julian Harris,Tom Kahre,Resto | Bennett,Carlton,Daniyel,Nocito,Marvy Ayy,Eminem | 4:44 |
18. | “Guess Who’s Back” (skit) | Mathers | Eminem | 1:02 |
19. | “Somebody Save Me” (with Jelly Roll) | Mathers,Jason DeFord,Benjamin Levin,Emile Haynie,Resto,David Stevens | Benny Blanco,Emile,Eminem | 3:50 |
総再生時間: | 64:39 |
Expanded Mourner’s Edition bonus tracks
No. | タイトル | ライター | プロデューサー | 時間 |
---|---|---|---|---|
20. | “Steve Berman” (skit) | Mathers | Eminem | 0:25 |
21. | “Fuel (Shady Edition)” (with Westside Boogie and Grip) | Mathers,Route,Porter,Resto,Forbes,Le Mon Bey,Anthony Dixson,Kyle Clow | Mr. Porter,Eminem | 4:53 |
22. | “Like My Shit” | Mathers,Andre Powell,David Doman | Eminem,D.A. Got That Dope | 3:49 |
23. | “Kyrie & Luka” (with 2 Chainz) | Mathers,Resto,Tauheed Epps,Louis Barrier,William Griffin | 2 ChainzEminem | 4:13 |
総再生時間: | 77:48 |
アルバム収録のシングル曲
2024年5月28日、エミネムはマジシャンのDavid Blaineと共に撮影した動画を投稿。この動画では、エミネムとブレインがFaceTimeをしており、エミネムがマジックを頼むと、ブレインがワイングラスを食べるというパフォーマンスを見せる。
その後、新曲「Houdini」のインストゥルメンタルが披露され、動画の最後に曲のタイトルとリリース日が明かされた。
Houdini
「Houdini」は2024年5月31日にリードシングルとしてリリースされ、ミュージックビデオも同時公開された。この曲名は有名なマジシャン、ハリー・フーディーニに由来している。フーディーニは、中国式水牢脱出術(Chinese Water Torture Cell)など命がけのスタントのパフォーマーとして知られ、1926年10月24日、奇しくもエミネムの故郷であるミシガン州デトロイトで52歳で亡くなった。エミネム自身も2024年10月に52歳となる。
長年のコラボレーターであるベース・ブラザーズのジェフ・ベースが楽曲制作に再び参加し、2000年代初期のキャッチーで不気味なサウンドを復活させた。この華やかな楽曲では、2002年の楽曲「Without Me」で有名な「Guess who’s back?(誰が戻ったと思う?)」など、昔のキャッチフレーズを引用している。また、この曲はスティーブ・ミラー・バンドの1982年の楽曲「Abracadabra」を大々的にサンプリングしている。
Tobey
2024年6月28日、アルバムの2枚目のシングル「Tobey」の予告動画を公開。エミネムと同郷デトロイトのラッパーBig SeanとBabyTronとのコラボレーション曲。リリカル・レモネードが制作したミュージックビデオは7月8日に公開された。
「Tobey」は、エミネムの12枚目のスタジオアルバム『The Death of Slim Shady(Coup de Grâce)』からリリースされた2枚目のシングルである。
同じデトロイト出身のラッパー、Big SeanとBabyTron(ともに「Doomsday Pt. 2」のミュージックビデオにも出演)と共に、エミネムはこの曲で自身をヒップホップ界の頂点に君臨する存在として描いている。


タイトル「Tobey」は、かつてスパイダーマンを演じた俳優トビー・マグワイアへのオマージュとなっている。
2021年に公開された『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では、2世代のスパイダーマンたちの“指導者的存在”として登場する。この関係性は、エミネムとBig Sean、BabyTronとの関係性とも重なるとされている。
Somebody Save Me
アルバムがリリースされた1週間後の2024年7月19日、アメリカのシンガー、ジェリー・ロールとのコラボ曲「Somebody Save Me」が3枚目のシングルとしてストリーミングサービスで配信された。
「Somebody Save Me」はアルバムの最後を飾る曲で、エミネムは処方薬への依存について深く掘り下げている。2007年の過剰摂取で命を失いかけた深刻な問題であった。この曲は「もしエミネムが薬をやめられなかったらどうなっていたか」という“別の現実”を描いており、その結果として家族との多くの大切な節目を逃してしまった様子が語られている。
日本語に和訳した曲
”Temporary”
実娘のヘイリーへのラブソング。“痛みも名声も一時的”と諭す父からのメッセージソング。
”Guilty Conscience 2”
1999年の名曲”Guilty Conscience”の続編。再び “良心 vs. 悪魔” の対決が頭内で開廷。
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